IAAニュースレター No.1

新しい暦年較正曲線IntCal20

2020年夏、放射性炭素(14C)年代から暦年代を求める際に使われる暦年較正曲線IntCal20が公開されました。前版(IntCal13)から7年ぶりの更新となります。較正曲線の更新は測定された試料の年代的位置づけに直接関わるため、14C年代を利用して過去を研究する上で重要な変化をもたらす場合があります。ここではまず暦年較正について簡単に述べた後、IntCal20の基本文献(Reimer et al. 2020)を主に参照し、その概要と注目される特徴を解説します。

1.14C年代の暦年較正

14C年代

炭素の同位体には12C、13C、14Cの3つがあります。このうち14Cだけが時間経過により一定割合で崩壊する放射性炭素です。14Cはほぼ一定速度で大気中に作られ、同時に減少していくので、大気(二酸化炭素)中の炭素における14Cの割合(14C濃度)はおおむね一定です。陸上植物も光合成で大気から炭素を取り込み、動物は植物を食べて炭素を得る(≒いずれも大気が炭素源)ので、これら生物の体もおおよそ大気と同じ14C濃度を示します。しかし、生物が死ぬと炭素が取り込まれなくなり、体の14C濃度は減少していくので、大気14C濃度よりどの程度少ないかを調べることで、死後の経過時間を推定できます。これが14C年代です。

②暦年較正

14C年代は大気14C濃度が一定である前提に立ちます。しかし大気14C濃度は厳密には変動するので、14C年代と実際の年代(暦年代)の間にはずれがあります。このずれを補正し、暦年代に近づける作業(暦年較正、または単に較正)の基準となるのが暦年較正曲線で、次のように作られます。
年輪年代学(年輪幅の変動パターンで樹木の年代を推定する手法)など、14C年代測定以外で年代が確認された試料を対象に14C年代測定を行います。樹木年輪試料ならば、年輪数で相互の年代関係がわかるよう分取した試料(1~複数年輪単位)を測定し、1つの樹木から多数の連続した14C年代値のデータを得ます。このように14C年代値と暦年代の対応関係を示すデータを集め、統計処理で連続した曲線に統合されて較正曲線となります。
 図1は新たに公開された較正曲線IntCal20の一部(西暦750~1250年に相当する区間)と、その元となった測定試料のデータ分布です。図のように、年輪年代学で暦年代がわかる数多くの樹木年輪試料の14C年代値を集めて較正曲線が作られます。図2はこのように作られた較正曲線を用いて、ある試料の14C年代値から暦年代を算出した例です(表示された較正曲線は図1とほぼ同じ年代区間)。較正年代は較正(calibrate)されたことを示す「cal」を冠して「cal BC/AD」(西暦)または「cal BP」(14C年代の基準年である西暦1950年から何年前かを表す;Before Present)と表記します。

2.暦年較正曲線IntCal

14C年代の暦年較正に関する研究が重ねられてきた成果として、最も代表的な較正曲線がIntCalシリーズです。北半球の大気を炭素源とする試料(木片、種子、動物の骨などの主な陸上生物試料)の14C年代値を暦年較正するのに用いられます。1998年公開のIntCal98以降、IntCal04、IntCal09、IntCal13と数年ごとに更新され、較正可能な年代範囲の拡張など発展を遂げてきました。著名な日本の水月湖年縞堆積物データはIntCal13から採用されました。
なお、大気14C濃度が北半球と若干異なる南半球の陸上生物試料にSHCal、古い炭素が滞留する海洋の試料にMarine、大気核実験で14Cが急増した西暦1950年以降の試料にはBombという別の較正曲線があり、各々SHCal20、Marine20、Bomb13が最新です。

3.IntCal20の構成

IntCalは北半球の大気14C濃度に基づいて暦年代を求める較正曲線ですので、大気の値を直接反映し、かつ確実に連続する試料データで構築することが理想です。しかし、そのようなデータが十分に得られているわけではないため、IntCal20は樹木年輪データのみの区間と様々な試料種を組み合わせた区間に大きく分かれます(図3)。

①樹木年輪データのみで構築された区間(0~約13,910cal BP)

IntCalでは上記の理想に最も近い樹木年輪データが特に重視されます。年輪年代学は1年単位で試料の年代を推定でき、信頼性も高いためです。IntCal20の樹木年輪記録のみを繋いで遡れる範囲は約13,910cal BPまでとなっており、この区間は完全に大気14C濃度を直接反映するデータです。
また、これまで樹木年輪記録による14C濃度の暦年推移は、主に5年輪や10年輪といった複数年輪単位に分割測定された連続データで構成されていましたが、IntCal20では単年輪単位の連続データが多く加わったことにより詳細さが増しています。これには測定技術の向上に加え、近年単年輪精度の研究で14C濃度が一時的に急増した現象の調査が進んだことが貢献しました。中でもAD774~775年の激しい太陽活動によると見られる14C急増(発見者にちなんでMiyake eventとも呼ばれる)が知られています。

②様々な試料種データを統合した区間(約13,910~55,000cal BP)

IntCalのうち樹木年輪データだけで遡れる区間から先、較正曲線の限界までの間には、他の試料種データが組み合わされます。IntCal20では前述の約13,910cal BPより古く、限界である55,000cal BPまでが該当します(IntCal13の古さの限界は50,000cal BPまで)。これは現在行われる14C年代測定の技術的限界に近い古さに達しています。
 この区間にある樹木年輪データは、主に前述の樹木年輪のみで遡る連続データに接続しないfloating(浮かんでいるの意)と表現されるデータセットですが、それでも該当する時期の大気14C濃度変動を高精度で確認できる試料として組み込まれています。
水月湖年縞堆積物も大気14C濃度を直接反映し、この区間のほぼ全体をカバーする貴重なデータです。年縞堆積物とは特殊な環境の湖底や海底に年単位で積層し、断面が縞状になる堆積物を言います。縞を数えつつ年ごとに湖底に溜まった葉などの陸上植物遺体を多く年代測定することで、水月湖試料からは5万年を超えるデータが得られています。年縞形成や保存状態などの条件が揃うことは極めて稀なため、湖底堆積物データとしては水月湖の年縞のみが採用されました。IntCal20への採用に当たり、水月湖の年縞の数え直しが行われています。
石筍などの洞窟生成物も、長期にわたる大気14C情報が詳細に分析された、この区間の重要なデータセットです。ただしこれらが形成される際に、石灰岩などに由来する古過ぎて14Cを含まない炭素も取り込まれます。このため、大気14C濃度を間接的にしか反映せず、補正の上で採用されます。IntCal20ではHulu洞窟(中国)のデータが5万年以上前まで延長され、重要な貢献となったようです。
サンゴ年輪や海底堆積物中の有孔虫などの海洋試料も貴重な連続データです。特にカリアコ海盆(ベネズエラ)の年縞堆積物データは最も古くまで及ぶため、IntCal20の最古の部分(約53,970cal BP以前)は唯一このデータから構築されています。ただし、海洋試料も海に滞留した古い炭素から形成されるので補正が必要です。IntCal20ではこの補正が改善され、海洋と大気の14C濃度のずれにおける経時変化を初めて考慮したこと等の進展が指摘されています。
このように約13,910cal BPより古い区間は、樹木年輪だけによる区間に比べ多様なデータが複雑に処理されています。課題は残るものの、上述のような進展や、各種補正に新統計手法が導入されたことなどによって前版よりデータの統合が改善されました。

③日本産樹木年輪データの採用

IntCalを構成する樹木年輪データは欧州や北米の試料が中心ですが、IntCal20には日本産樹木のデータも採用されました。最近約3000年間に含まれる11群のデータ(国立歴史民俗博物館の坂本稔教授ら提供)がDataset No.65として組み込まれています(文末に掲げた同館ウェブサイトに関連記事あり)。なおそのうちDivision No.7、9(図1に表示)は当社で測定されています。

④データの採用基準・検証

IntCalへのデータの採用には、試料やその処理、測定などについて基準が設けられています。今回の更新では新たなデータや知見の蓄積が進んだことで、採用の基準にも条件が追加されました。また前版の採用データも再検証され、訂正や除外が行われました。
データが蓄積され、研究がより精緻になるに従い、データの審査や検証も詳細、複雑になっています。14C年代に影響する可能性がある要素として、例えば南北半球大気の境界が変動している低緯度地域や海水の湧昇海域に近いなどの地理的要因、樹木が生育する季節と大気の動きの関係などが指摘されています。これらは基本的に測定機関間の誤差と明確に区別できないレベルのようですが、今後考慮される可能性があります。

4.IntCal20への更新による較正曲線の変化

既に述べた較正可能な年代の延長など以外に次のような変化があります。

①較正曲線の凹凸(wiggle)の詳細化

樹木年輪データに単年輪データが多く加えられたことや、古い区間のfloatingな樹木年輪データの知見が更新されたことなどで、14C濃度の変動がより細かく捉えられ、較正曲線の凹凸(wiggle)の表現がさらに詳細になった区間があります。これにより、年代の絞り込みやウィグルマッチング(樹木年輪で相互の年代関係がわかる複数の試料を年代測定し、14C年代値の試料間の変化を較正曲線の凹凸に重ねて年代を絞り込む手法)の適合が改善される可能性があります。
代表的な時期としては、長期間にわたり較正曲線が平坦に推移する800~400 BC(Hallstatt plateau、日本では縄文から弥生時代への移行期)の時期が挙げられます。今回この時期の前半に単年輪データが得られ、年代が絞り込み易くなったとされています。
他にAD 290~486やBC2千年紀なども単年輪データにより詳細化しました。さらに古くは完新世後期やヤンガードリアス/GS-1期も単年輪データで、ベーリング/GI-1e期と最終氷期はfloatingな年輪データの統合で、やはり詳細化しています。

②前版IntCal13と明確に異なる時期

次の2時期が特に注意されます。
2,000~1,700cal BP(約1~3世紀)頃は、主に日本産樹木年輪データが加わったことで変化しました。日本考古学では弥生から古墳時代に移行する注目度の高い時期です。これまでIntCalの較正年代が考古学の年代観と一致せず、また日本産樹木の測定値もIntCalと系統的にずれるとされてきました。今回の更新でIntCal20は日本産樹木の値に近づいており、今後多方面からの検証が求められます。
34,000~50,000cal BP頃にも大きな変化があります。34,000~42,000cal BP頃ではIntCal13で較正するより約700年古くなる一方、42,000~50,000cal BP頃では約1,000年若い結果になるとされます。

較正曲線の更新と利用者の対応

14C年代測定の研究が今後も進められる過程で、IntCalなどの較正曲線の更新も続くと考えられます。以前の測定結果を再検討する場合、較正前の14C年代値が必要になります。また較正年代はどの較正曲線・プログラムによる値かわからなければ正確に扱えません。このため、14C年代値と較正に使用した較正曲線・プログラムの情報は必ず保存し、論文などにも記載することが望まれます。現在では較正プログラムがインターネット上に公開されているので、最新の較正曲線で利用者が自らデータを較正し、変化を確かめることも容易になっています。
[執筆:長谷川尚志・早瀬亮介(株式会社加速器分析研究所)]

文献

Bronk Ramsey, C. 2009 Bayesian analysis of radiocarbon dates, Radiocarbon 51(1), 337-360
Reimer, P.J. et al. 2020 The IntCal20 Northern Hemisphere radiocarbon age calibration curve (0-55 cal kBP), Radiocarbon 62(4), 725-757

関連ウェブサイト

Radicarbon誌IntCal20特集号
(https://www.cambridge.org/core/journals/radiocarbon/calibrations/intcal-20)
暦年較正曲線IntCal
(http://intcal.org)
暦年較正プログラムOxCal
(https://c14.arch.ox.ac.uk/oxcal.html)
IntCal20への日本産樹木年輪データの採用(国立歴史民俗博物館)
(https://www.rekihaku.ac.jp/outline/press/p200825/index.html)

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